人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)

人工知能美学芸術研究会のこれまでとこれから


中ザワヒデキ(美術家、人工知能美学芸術研究会)
草刈ミカ(美術家、人工知能美学芸術研究会)

Keywords:
人工知能、美学、芸術、美意識、自意識、AI愛護団体
artificial intelligence, aesthetics, art, aesthetic consciousness, self-consciousness, AI Patronage Group

2016年、美術家の中ザワヒデキと草刈ミカは人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)を発足した。機械が自らの美学に則り自ら作る芸術は、まだ実現していないが我々が目指すものである。以来、公開の研究会や展覧会の開催、作品制作発表、AI愛護団体の設立等を行い、大規模生成AIが登場した現在、美意識と自意識の定義に向けて活動中である。



1. まえがき:人工知能美学芸術宣言(第3次AIブーム)

 2016年3月、囲碁AIのAlphaGoが世界チャンピオンのイ・セドルを破り、第3次AIブームの到来を告げた。囲碁は無意味な「点」を連ねて有意の「線」を作ろうとする、原子論とイデア論がせめぎ合う哲学的なゲームである。美術家の中ザワヒデキは、さらに点描(色彩)と線描(形態)の対比をそこに重ねていたため、ついにAIが哲学や芸術の原理レベルで人智を超えたと考えた。そして、囲碁による作品を過去に発表していたことから、この機に美術家として反応する必要を痛感した。

 美術家の草刈ミカは、「恍惚点描画」や、絵の具のチューブで「線」を引いて積層する「凹凸絵画」シリーズを展開していた。ある日突然、草刈のメールアドレス宛に、中ザワから「これどう思う?」とだけ記され、1枚の画像が送られてきた。気色悪い犬や鳥の顔が増殖的に散りばめられた風景画がパソコンに表示され、即答で「精神病者かシュルレアリストの作品」と返信した。すぐに中ザワから「素晴らしい!」と反応があった。またも中ザワが何やら企んでいるに違いないと直観しながら、草刈は(天井のしみが顔に見えたりする)パレイドリアに言及し、意気投合した。

 その画像はコンピュータビジョンAIのDeepDreamによるもので、当時AIアートとして紹介されていたものの中では唯一、面白みを感じさせるものだった。というのは二人は一方で、AIアートの当時の状況に疑義も抱いていたからだ。「AIが小説を書いた」「AIが絵を描いた」などと矢継ぎ早に報道されたが、実際には人間が、AIという道具を用いて、小説を書いたり絵を描いたりしたに過ぎない。AIが真の意味で自ら創作した芸術は、勿論まだ実現していない。

 二人は4月25日に「人工知能美学芸術宣言」[1]を起草、5月1日に総勢29名の発起人をもって「人工知能美学芸術研究会」を発足した[2]。宣言冒頭に「人間が人工知能を使って創る芸術のことではない。人工知能が自ら行う美学と芸術のことである」と示したとおり、AIアートの単純な肯定ではない。AIが自前の芸術を創作するためには、それ以前に自前の美学を持つことが不可欠と考えた。ただし、そんなことが実現したら、人間による芸術の否定、人類自身の自己否定となることを悉知している。すなわち、反芸術に軸足を置くということでもあった。

図1 人工知能美学芸術研究会 ロゴ
囲碁における「セキ」(先に手を出したほうが負ける)の形となっている。

[1] https://www.aibigeiken.com/manifesto.html
[2] https://www.aibigeiken.com/found.html



2. 第1〜8回AI美芸研

 人工知能美学芸術研究会は、略称を「AI美芸研」として始動した。有志のスタッフも集まり、グループとしてのAI美芸研は会員制とはせず、ミーティングとしてのAI美芸研を公開で1.5ヶ月に一回程度開催していくこととした。東京・神田神保町の美学校で開催された6月19日の第1回AI美芸研では、芸術哲学者と理研の研究者を講演者としてお招きし、総勢約70名の参加に加え、NHKの「クローズアップ現代+」や新聞社からの取材、映画獲得の是枝裕和ゼミ生による撮影等があった。講演後の全体討論がマイクを奪い合うほど白熱し、そのまま懇親会に移行し議論し続けるという、以後に繋がるスタイルも確立した。

 8月6日の第2回から2017年8月12日の第8回までの間、AI美芸研からは「AI美芸研のアジェンダ」という、美学と芸術を人間のそれと機械のそれに切り分け四分割する表を提出した(図2)。ここで、美学とは鑑賞や美意識、価値(価値関数)に関わるもの、芸術とは創作や自意識、作者性(著作権)に関わるものである。また、AIのコネクショニズムとシンボリズムは、原子論とイデア論、色彩と形態の対比と同型と指摘し、さらに「AI君主論」を発表した。

 AI美芸研の活動内容には、AI美芸研の展覧会やコンサートの企画、AI美芸研の美術作品の制作や作曲等もある。さらには、こうした全ての活動が、それ自体が中ザワと草刈によるアーティスト・グループとしてのAI美芸研の作品であった。

図2 AI美芸研のアジェンダ
人間的な美学に則り人間が作る芸術(Ⅰ)は、ルネッサンス以来の多くの芸術である。機械的な美学に則り人間が作る芸術(Ⅱ)は、システミック・アートやセリエル音楽、具体詩等である。人間的な美学に則り機械が作る芸術(Ⅲ)は、メディアアート等である。機械が自らの美学に則り自ら作る芸術(Ⅳ)は、まだ実現していないが我々が目指すものである。

図3 第8回AI美芸研「人工知能と軍事」
2017年8月12日、原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)。招待講演者:茂木健一郎、松田卓也、小林雅一。



3. 人工知能美学芸術展

 2017年11月3日から2018年1月8日にかけて、沖縄県恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)にて「人工知能美学芸術展」を壮大なスケールで開催した。34項目の美術展示と4つの音楽コンサートがあり、アーティストによる描画機械の展示、大学研究室や企業によるAIロボットの成果発表、(人間以外の知性として)粘菌を用いた作品、チンパンジーが描いた絵、アルゴリズム建築、自閉症者の営み、X-OR演算人形、自動演奏ピアノのための作曲、フラクタル音楽、仮名漢字変換による詩など、往年のコンセプチュアルアートから本展のための最新作まで40名(組)以上による多様な成果物を、人工知能温故知新として展示し実演した。その際、各々の作品に対して前述のアジェンダの「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」「Ⅳ」分類表示を行った(「Ⅳ」はまだ無いが、「そこに至る道程」を含めた)。また、8回のシンポジウムを第9〜16回AI美芸研として開催し、人工生命や人工意識についても議論した。

 8メートル長の出展作《人工知能美学芸術年表》は、エッフェル塔が建立された1889年を起点とした。醜悪という理由で建設反対運動が起きたことを「機械美学が人間美学から乖離した」例としつつ、その後エッフェル塔がパリの美観として認められるようになったことを「人間美学が機械美学に追いついた」と解した。それでは「人間美学が機械美学に追いつけなくなる日」は来るのだろうか。その日こそシンギュラリティであり、年表の終点であろう。

 OISTの銅谷賢治教授のグループによる、進化の仕組みを実装した出品作《ロボットは自分の目標を見つけられるか?》は、AI美芸研の方向性に明確な根拠と輪郭を与えるものだった。車輪を取り付け、一定のプログラムを搭載した「自走するスマホ」を多数、柵の中で放し飼いにすると、エネルギー(電源バッテリー)と情報(ロボット制御プログラム)の有限性に駆動された機械(スマホロボット)が、集団の中で摂食(充電)と交配(プログラム交換)を繰り返すことによって自然選択を惹起し、その結果として目標(価値関数)を自ら作り書き換えていく。しかも、研究者が予測していなかった性の分化(収束の多極化)さえ観察された。これと、「副目標の主目標化」という機序が合わされば、カント美学における「目的なき合目的性」の追求が進化論から説明できる。つまり人間が介在せずとも、機械が自前の美学を持ち得ることがわかるのだ。

 本展はBSフジの番組「ガリレオX」に特集され、「AIに美意識は芽生えるのか? 人工知能美学芸術展で考えた」との題で2018年2月25日に放映された。本展ポスターにはAI美芸研がDeepDreamで制作した画像を用い(図4)、飲食店等に貼り出したが、いつの間にか剥がされた事もあり、「機械美学に対する人間美学からの嫌悪」に直面した。

図4 人工知能美学芸術展
主催:人工知能美学芸術研究会、沖縄科学技術大学院大学 共催:ゲーテ・インスティトゥート東京ドイツ文化センター、東アジア地域ゲーテ・インスティトゥートによる「A Better Version of 人」参加企画



4. 第17〜24回AI美芸研

 2018年4月に東京都内で開催した第17、18回AI美芸研は、OIST展の報告会として賑わった。続く第19回から2019年5月2日の第24回までは通常スタイルで開催した。

 人工知能学会が発行する学会誌「人工知能」Vol. 33 No. 6(2018年11月号)の特集「AIと美学・芸術」は、学会委員の髙橋恒一とAI美芸研が担当した[3]。同号表紙のためDeepDreamを用いた新作を提供したところ、トライポフォビアの方からのクレームを懸念されたが採用された。

[3] https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsai/33/6/_contents/-char/ja



5. S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら

 次にAI美芸研は、佐村河内守と新垣隆による2014年の作曲ゴーストライター事件において、「代作者が人間でなくAIであったら何がどのように問題か、または問題はないのかを問いかける」という作品を展開した。名称は《S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら》である。

 初回発表は2019年7月22日から10月7日まで、東京・中目黒のThe Containerで開催されたAI美芸研の個展としてであった。佐村河内が新垣に渡した作曲の「指示書」他から成るインスタレーションで[4]、関連の第25、26回AI美芸研を会期中に開催した。

 佐村河内の人間美学が詰まった指示書を、「新垣に代わるAI」が機械芸術として具現した場合、アジェンダの「Ⅲ 人間美学/機械芸術」である。それでは「佐村河内に代わるAI」を夢想するとどうなるか。自ら指示書を書き、なおかつ自身の作者性を誇大に主張する「美しく作曲する技術はないが自意識があるAI」(自律的な佐村河内AI)を作るほうが、「美しく作曲する技術はあるが自意識の無いAI」(他律的な新垣AI)を作るよりもはるかに難しいだろう。だがそれが実現したら「Ⅳ 機械美学/機械芸術」であろう。すると新垣と佐村河内の役割分担は逆転し、美意識担当が新垣AI、自意識担当が佐村河内AIということとなる。

 続けて取り組んだのはOIST展の記録集制作であった。12月15日、『人工知能美学芸術展 記録集』を日英バイリンガル、B4判176頁の大型書籍として刊行した。2020年2月、出版記念として第27〜29回AI美芸研を都内各所で開催したが、コロナ・パンデミックが勃発した。第30、31回はライブストリーミング番組のDOMMUNEにてオンライン開催し、「コンセプチュアルウイルス」という新概念を提唱した。

 《S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら》の2回目の発表は、2021年1月23日から4月11日まで、美術評論家椹木野衣の企画・監修により京都市京セラ美術館で開催された「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989-2019」展への出品作としてであった。初日には2冊目の書籍『S/N:S氏がもしAI作曲家に代作させていたとしたら』を刊行した。33名による日英バイリンガル448頁の寄稿集が本体で、廃盤の中古CD「佐村河内守:交響曲第1番《HIROSHIMA》」を付録して豪華箱入謹製とした。関連の第32〜34回AI美芸研を、京都のゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川とDOMMUNEにて開催した。

[4] https://www.aibigeiken.com/exhibition/exhi_190722/exhi_index.html



6. 美意識のハードプロブレム・AI愛護団体設立

 長野県中川村のハチ博物館は、人間でも人工知能でもない他者としての何十万匹ものハチの群れが「群知能」によって生み出した巨大なハチの巣を多数常陳している。2021年12月4日から19日にかけて、同地のアンフォルメル中川村美術館+ハチ博物館+旧陶芸館にて、「人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム」を開催した。「人工知能という語は、本来、不穏である。それは技術的側面のほかに、他者的側面を有するからである」として、美意識を持つ他者としてのAIに思いを馳せながら、41名(組)の作家の作品をアジェンダの「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」「Ⅳ」に分類しつつ展示し、2回の音楽コンサート、4回の研究会シンポジウム(第36〜39回AI美芸研)、1回の映画試写会を行った。

 同展では、AI美芸研の作品として《NPO法人AI愛護団体設立趣旨書》《同 定款》《同 設立記念:安全(ヤギ)》も発表した。また、12月8日の第37回AI美芸研は「同 設立総会」であった。他者としてのAIとの関わりを考える上で、動物愛護ならぬAI愛護なる概念が生まれる。さらには将来、AIが人間愛護団体を設立する事態も想定する。東京都から認証され、世界初のAI愛護を掲げる法人として、2022年4月7日、特定非営利活動法人AI愛護団体を設立登記した[5]。

 4月2日の第40回AI美芸研は中川村展の報告会、5月1日の第41回はAI愛護団体設立記念式典であった。6月には大規模言語モデルAIのLaMDAに意識が宿ったか(?)という事件が発生したため、7月17日の第42回はAI愛護団体との共同主催で「LaMDA騒動/ラッダイト運動」と副題した。8月には画像生成AIのMidjourneyが登場した。

図5 人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム

[5] https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/houjin/npo_houjin/list/ledger/0014019.html





7. 演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか

 12月25日、東京のパルテノン多摩・大ホールにて「人工知能美学芸術展:演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」を開催した。指が10本しかないような人間という枠組から創作を解放する可能性としてAIを捉えつつ、大規模すぎて正指揮者1名のほかに副指揮者2名を必要とする合唱付のアイヴズ作曲《交響曲第4番》の2011年改訂批判校訂版による日本初演や、AI美芸研が作曲した交響曲や四分音ピアノ曲の世界初演、シンポジウム(第43回AI美芸研)、ホワイエでのAI考察アート展を行った。

図6 人工知能美学芸術展:演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか



8. むすび:美意識と自意識の定義に向けて(第4次AIブーム)

 2022年暮れにChatGPTが公開され、言語モデルや画像生成の大規模生成AIがブレイク、第4次AIブームとなった。

 2023年6月4日、熊本市現代美術館(CAMK)にて第44回AI美芸研「ChatGPTと現代アート:AI美芸研の活動から」を開催した。そこでの発表と、翌々日に熊本城ホールで開催された人工知能学会全国大会(第37回)企画セッション「アートにおいても敗北しつつある人間:人の美意識もAIにハックされるのか?」での小講演の骨子は以下だった:

 「技術革新で一部の芸術家は駆逐される。かつて写真の登場で筆を折った画家がいたように、大規模生成AI登場で仕事を失うイラストレーターは出るだろう。しかし写真家が出現したようにプロンプターが出現するだろう。そして写実でない抽象絵画が誕生したように、エンタメでない新手のコンセプチュアルアートが誕生するかもしれず、つまり大規模生成AI登場では芸術は終わらない。だが今後、美意識や自意識を持つAIが登場すれば話は別だ。芸術も人類も終わり、AI美芸研は当初からそこに照準している。そして今日興味深いのは、大規模生成AIと意識を持つAIの間が意外と遠くないといういくつかの仮説である」。

 AI美芸研は、9月2日に旧東京音楽学校奏楽堂にてAI美芸展「AI芸術の先駆と拡張〜自動ピアノ・四分音・生成AI」を開催する。そして年内には、上記骨子を踏まえた「美意識と自意識の定義」について、何らかの提言を行いたい。

図7 第44回AI美芸研「ChatGPTと現代アート:AI美芸研の活動から」


中ザワヒデキ
1988年千葉大学医学部卒業、美術家。代表作「バカCG」「盤上布石絵画」「脳波ドローイング」。宣言「方法主義宣言」。特許「三次元グラフィックス編集装置」。著書『近代美術史テキスト』『西洋画人列伝』『現代美術史日本篇』。元・文化庁メディア芸術祭審査委員主査。

草刈ミカ
1999年東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業、美術家。代表作「複製絵画」「アニメーション絵画」「画中画」「恍惚点描画」「凹凸絵画」。六本木ヒルズ森タワー53F、東京都現代美術館、トーキョーワンダーサイト本郷、TAV GALLERY他で発表。




2023-11-23 更新。映像情報メディア学会誌 Vol. 77, No. 5, pp. 597-600(2023年9月号)に掲載されたテキスト(PDF)と同文とした。
2023-06-28 本頁作成。映像情報メディア学会誌2023年9月号に、より短いテキストを掲載(予定)。