人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)

日本語 / English

人工知能美学芸術展2023 @ 旧東京音楽学校奏楽堂
「AI芸術の先駆と拡張」
〜自動ピアノ・四分音・生成AI〜

     * 記録




チラシ


概要

  • 人工知能(AI)以前の技術である自動ピアノのための作曲を、「AI芸術の先駆」と位置づける。
  • 人間には耳慣れない四分音による作曲を、「人間美学の拡張」と位置づける。
  • 今日の生成AIによる作曲や作画を、「AI芸術の拡張」と位置づける。
  • これら三者の交わりから、未知の機械美学が立ち現れるということはないだろうか。
  •  本企画は、19世紀末に創建された歴史的建造物(旧東京音楽学校奏楽堂)に、20世紀初頭の米国製自動ピアノ(AMPICO)[以降、自動ピアノ]と、一見普通だが実は全て1/4音低く調律されている国産ピアノ(YAMAHA)[以降、四分音ピアノ]を持ち込んで開催する、1日限りの「音楽コンサート+ホワイエ他でのAIアート展+幕間でのAI美芸研シンポジウム」です。

     ロール紙方式によるコンロン・ナンカロウ《自動ピアノのための習作》連続生演奏、自動ピアノ(無人)と四分音ピアノ(有人)の世界初共演による四分音曲演奏、そして最新の生成AIによる作曲ならびにアート展示に、是非、お立ち会いください。

    <建物修復・楽器修復・AI愛護>
     会場の「旧東京音楽学校奏楽堂」は日本近代音楽を牽引してきた由緒ある建物として、今でこそ重要文化財の指定を受けています。しかし20世紀半ばには老朽化が深刻化し、幾度も修復が重ねられました。修復記録や、往時のコンサート記録などの貴重な資料を拝見できる館内展示室は、本展開催時間帯においても御入場いただけます(コンサート中は除く)
     主催者が持ち込む1926年製のAMPICO社の自動ピアノは、日本への輸入当初は音も鳴らず、多大な修復が必要な状態でした。昨2022年の調整でようやく調子が復活しましたが、今夏の酷暑でまたも補修必要となり、修復を重ねています。
     建物の修復も楽器の修復も、価値を認め大切にしていこうとする愛護活動に似ています。本企画の主催者であるAI愛護団体は、機械に対する愛護の概念を、こうした建物や楽器にも適用していきたいと考えています。


    【名称】AI美芸展「AI芸術の先駆と拡張」〜自動ピアノ・四分音・生成AI〜
    【会場】重要文化財・旧東京音楽学校奏楽堂(東京都台東区上野公園8-43)
    【日時】2023年9月2日(土) 13:00展覧会開場 14:00コンサート開始 17:00コンサート終了 18:00展覧会閉場
    【チケット】前売(一般・学生)3000円/当日(一般)3500円/当日(学生)3000円
    ※前売券はPeatixにて9月1日(金)23:59まで販売予定です(限定250枚)。
    https://aibigeiten2023.peatix.com/
    ※9月2日(土)の当日券は会場窓口でお求め下さい(13時販売開始)。学生の方は学生証の御提示で前売券と同価格となります。
    【主催・共催】特定非営利活動法人AI愛護団体
           人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)
    【問合】yoyaku@ai-aigodantai.org
    【助成】公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京[スタートアップ助成]、令和5年度台東区芸術文化支援制度対象企画
    【協力】Espacio Nancarrow O'Gorman

    注意:会場の旧東京音楽学校奏楽堂が重要文化財のため、次の規定がございます。1. 花束のホール持込禁止。2. 下駄・サンダルでの入館禁止。3. 飲食喫煙不可。また、会場には駐車場やエレベーターがございません。介護等が必要な方は予め上記問合せ先まで御相談ください。アフターコロナではございますが、発熱等の体調不良の場合には来場をお控えください。購入した前売券のキャンセルはやむを得ない場合のみ、上記問合せ先まで御相談ください。




    演目・出展


    ■人工知能美学芸術コンサート

    第1部:自動ピアノ

    ●コンロン・ナンカロウ
    《自動ピアノのための習作第3番a》 約3'25
    《自動ピアノのための習作第3番d》 約2'20
    《自動ピアノのための習作第3番e》 約2'31

     コンロン・ナンカロウ(1912-97)はアメリカ生まれのメキシコの作曲家。1947年、自動ピアノ用のロール紙に手動で穴を開けるパンチング・マシンを入手した。以降、生涯に亘って《自動ピアノのための習作》曲群を書き続けた。

     自動ピアノは、無人で音楽が奏でられる画期的な装置としての需要から、AMPICO社などにより1920年代に量産された。ところがレコードやラジオの普及、世界恐慌の影響等により、1930年代には生産が激減した。自動ピアノの原理は、ピアニストの演奏をロール紙へのパンチング(穴開け)として記録する仕組みによる「演奏の再現」である。そのためナンカロウが入手した手動のパンチングマシンは、あくまで修正用の補助的なものだった。ところが最初からこれのみでロール紙にパンチングを施していけば、ピアニストの介在を前提せずに作曲が完遂でき、音楽を奏でることができる。

     ナンカロウ作《自動ピアノのための習作第3番》は《3a》《3b》《3c》《3d》《3e》の5楽章からなり、「ブギウギ組曲」の異名がある。《習作第1番》や《第2番》よりも早い1948年の作だ。従来作曲家に自明的に課せられてきた制約、すなわち、指が10本しかないピアニストにも演奏できるように作曲しなければならないという軛から解放され、それまで温められてきた(言わば「人間美学」的な)作曲のアイディアが、ロール紙上に一気に放出されたような初々しさが、ブルース的でもジャズ的でもある本作から感じられる。

     これらを含む作品群は後に「リズムの習作」と名付けられて番号が振られ、さらにその後、単なる「習作」へと改題された。ロール紙自体が楽譜そのものだったはずだが、人間による演奏が前提されていないにも拘わらず、1960年代になってから五線譜上に正確に書き写され、ファイナルスコアと称された。

     「習作」は生涯で50曲ほど作曲されたが、必ずしも年代順でないばかりか欠番や重複、微細に異なるバージョン、a, b, c, 等の存在(必ずしも楽章とは限らない)、年代を含むデータ逸失や、実はロールは膨大量製作されたが、習作とさえされずに多くが廃棄されたらしい等の背景を有している。

     一般論的に習作は、作曲家や画家や小説家が満を持して世に送り込む本作のための下書きや自分用のアイディアスケッチ、軽い創作を指す。なのでその価値は本来、本作未満のはずだが、生まれたてのアイディアの原形がストレートに発露し、本作以上の輝きを内包していることもある。とはいえ生涯を通じて「習作」と名付けられた習作と、そのほかのいくつかの小品しか、ナンカロウは遺していない。



    ※主催者挨拶+ナンカロウ・洋子氏からのビデオレター上映


    ●コンロン・ナンカロウ
    《自動ピアノのための習作第47番》 約6'39
    《自動ピアノのための習作第44番a+b》 約10'05
    《自動ピアノのための習作第43番》 約7'00
    《自動ピアノのための習作第40番》I 約4'00
    《自動ピアノのための習作第37番》 約10'34
    《自動ピアノのための習作第33番》 約6'19
    《自動ピアノのための習作第21番》 約3'12
    《自動ピアノのための習作第19番》 約1'24

     自動ピアノのために作曲することで、生身の人間には不可能なテンポやリズムの追求が可能になることに最初に気付いたのは、作曲家のヘンリー・カウエルであった。その著書にナンカロウが触発された一面は、勿論あったであろう。だがそれ以上に、ロール紙への直接「記譜」が彼にもたらしたものは、自動ピアノそれ自体が作曲家に憑依したかのような、本質的な作曲概念の変容であった。

     後年のナンカロウの作品群に特徴的な、加速したり減速したりする可変テンポ、無理数比のカノン、複雑怪奇な対位法の混在、音域全体にわたる突然で過剰な打鍵等は、ピッチ(音高)方向にはデジタルなピアノが、ロール紙上の時間軸方向にはアナログ、すなわちどこまでも微分可能であることが如実に反映された結果である。そしてこのことの副産物は、後年の作品がもはや正確には五線譜に写し取れないという、ファイナルスコアの不正確性だった。これを本企画の主催者は、人間美学には後戻りできない「機械美学」の発生とみなし、「人工知能音楽の先駆」と称している。

     《習作第47番》は8つの部位から成り、3/4/5 や 15/16/17 のカノンなど、さまざまな技法が混在している。もともとは《第45番》の第5楽章として構想されていた形跡があり、ジェームズ・テニーは、晩年の第2の「ブギウギ組曲」と呼びたいような生気が漲っていると評している。

     《習作第44番》は「アレアトリー・カノン(ロンド)」である。2台の自動ピアノのために書かれたもので、ロールとしては《44a》と《44b》がある。ロール紙方式の自動ピアノは、1990年代に登場したコンピュータ制御可能なMIDI方式ピアノとは異なり、気温や湿度によるロール紙の伸縮等の影響を受けやすく、その意味では毎回の実演がそれぞれ別個の生演奏であるともいえる。自動ピアノ2台のための作曲に取り組んでいたナンカロウは、2台を完全に同期させることはどうしても不可能だという結論に達したことから、この曲が生まれた。アレアトリーとは現代音楽用語で「管理された偶然性」を意味するが、特徴的なパッセージを伴う循環する追復曲とすることによって、時間軸方向に偶然生じたズレを許容するという、ある意味ナンカロウらしからぬ解決であった。

     本企画ではドイツの作曲家ヴォルフガング・ハイジックが製作したロールを使用しているが、《44a+b》とは同氏の機転により製作された、1本のロールに《44a》と《44b》の両方の穴がパンチングされたものである。そのためアレアトリーではなくなってしまい、作曲者の意図にも反するが、敢えて本企画ではこれを取り上げる。

     《習作第43番》は、速度比 24/25 の二声のカノンである。上の声部と下の声部は中央の同期点を通過した瞬間に速度の交換を行うが、後期作品の中では比較的単純な構成といえる。

     《習作第40番》は、速度比 e/π のカノン。eは自然対数の底、πは円周率であり、すなわち無理数比となっている。さらに本作には《40a》と《40b》の2本のロールがあるが、《40b》は《40a》の複製である。この曲には第1楽章と第2楽章がある点も独特で、指示によれば第1楽章は1台の自動ピアノでの《40a》の4'00の演奏、第2楽章は2台の自動ピアノでの《40a》と《40b》の同時演奏、ただし《40b》は少し遅く4'20の演奏とし、《40a》は5段1/3の箇所から少し遅れて入ることとなっている。ハイジック氏によるロールは《40a[b]》と記載されており、本企画では第1楽章のみを実演する。

     《習作第37番》は「150 / 160 5/7 / 168 3/4 / 180 / 187 1/2 / 200 / 210 / 225 / 240 / 250 / 262 1/2 / 281 1/4」という込み入った比を持つ12対のカノン連作だが、これを単純な比に直すと、12純正調内の可能な音高比が順に出現するという。カイル・ガンの研究書にはトリンピンが分析した本曲のMIDIダイヤグラムが掲載されており、そこに現れている、平行に舞い降りる美しい鳥の群れのような紋様は、そのまま耳にも美しく聴取されると述べられている。

     《習作第33番》は作曲家の中期における √2 / 2 のカノン。最初に無理数比が使われた作例で、構造のみならず音高の選択においても数理的整合性が高く、ガンは、「他の惑星から持ち込まれたかのように既存のどの音楽にも似ていない」と評している。

     《習作第21番》は、別名「カノン X」。低音の声部は、毎秒の音符数約3.4個から徐々に加速し(約0.117%)、最後には毎秒110個にまでまで達する。高音の声部はその逆で、毎秒の音符数36個の速度から次第に減速し(約0.179%)、最後には毎秒2.3個まで落ちる。交差の様はまさに「X」字形で、全《習作》曲中最も分かりやすい最高傑作となっている。

     《習作第19番》は、速度比 12/15/20 のカノン。後期になると単純な対位法には収まりきれない複雑な音群によるカノンを提出するようになるナンカロウだが、本作の頃はまだ明快な単純構成を持ち味としており、12/15/20 も 4/5、3/4、3/5 に分解できる。



    ●AI愛護団体+MusicGen
    《自動ピアノのための独奏プロンプト第1番》(初演) 約5'58

     AI愛護団体は、本企画の主催者である。2023年6月にメタ(旧フェイスブック)が発表した音楽生成AI「MusicGen」を用いて本作を作曲し、AI愛護の立場から作者名を「AI愛護団体+MusicGen」とした。MusicGenは、対話型AIのChatGPTや画像生成AIのMidjourneyと同じ自己回帰トランスフォーマーモデルで、つまりはプロンプト(呪文)を入れれば何かしらを出力する大規模学習タイプのAIである。ただし、現今の第4次AIブームにおけるこの種のAIの特徴は、かつて人びとが人工知能という語に対して抱いていたイメージとは裏腹に論理的思考が苦手で、言葉の雰囲気や使い方は把握していても、その言葉の定義や実体を体系的な知識としては理解していなさそうなことである。

     例えば画像生成AIのMidjourneyに「三角形を書け」と命じても、メタリックに光り輝く尖った物体が空間に漂い背景にオーロラが出ているような過剰な「三角形の絵」は出てくるが、白地の上に線が3本組み合わされた「三角形」は出てこないのである。第2次AIブームの頃の演繹型AI(シンボリズム)にとっては簡単だったことが、第3次や第4次ブームの統計型AI(コネクショニズム)では、逆にできなくなってしまっているのだ。ただ、これはある意味当然で、「三角形」というそもそも演繹的な事象を統計型AIにやらせようとするからいけないのであり、これは早晩解決できるであろう。

     さて、このMusicGenに「自動ピアノのための作曲」「 √2 / 2 のカノン」などのプロンプトを入れても、シンセサイザーや効果音にまみれた仰々しいピアノサウンドのファイルが出力されるだけで、どうにも使いにくい。そこでプロンプトを工夫して得られた5つのサウンドファイルをそれぞれMIDI化したうえで加算合成し、自動ピアノ用に各ノートのベロシティとサイズを一括揃えしたのちに、ナンカロウも行った全体コピペをピッチ方向に一回のみ行った。本企画が初演となる。




    第2部:自動ピアノ+四分音ピアノ

    ●人工知能美学芸術研究会
    《2台のピアノのための四分音ハノン》(自動ピアノと四分音ピアノの共演) I 約1'07 II 約0'37 III 約0'39
    四分音ピアノ演奏:大瀧拓哉

     人工知能美学芸術研究会は、本企画の共催者である。本作は2022年12月25日、東京のパルテノン多摩大ホールで開催された人工知能美学芸術展「演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」にて、大須賀かおり、及川夕美の2名のピアニストにより初演された。楽譜には「Piano 1 は Piano 2 よりも1/4音高くなるよう調律してください」との指示書きがある。

     ここで「ハノン」とは、ピアノを弾く際の運指の練習曲として書かれた、皆様御存知のピアノ教則本『60の練習曲によるヴィルトゥオーゾ・ピアニスト』(通称:ハノン)を指す。ひたすら機械的印象の楽曲群でおよそ人間美学的ではないが、そこに機械美学的な美を認めるところから本曲が作曲されている。

     本企画では、人間のピアニスト2名による初演時とは異なり、Piano 1 は通常調律の自動ピアノで無人演奏し、全ての鍵盤が1/4音ずつ低く調律された Piano 2 は人間のピアニストが演奏する。Piano 2 を四分音ピアノと呼ぶこととするならば、主催者が知る限り、自動ピアノと四分音ピアノの初の共演となる。



    ●AI愛護団体+MusicGen
    《自動ピアノと四分音ピアノのための二重奏プロンプト第1番》(初演) I 約2'00 II 約2'00 III 約1'28
    《自動ピアノと四分音ピアノのための二重奏プロンプト第2番》(初演) 約4'00
    四分音ピアノ演奏:大瀧拓哉

     AI愛護団体が「MusicGen」を用いて作曲した、自動ピアノと四分音ピアノのための二重奏曲。3つの楽章から成る第1番と、単一楽章の第2番がある。これらは主催者が知る限り、自動ピアノと四分音ピアノのために書かれた世界初の楽曲であり、自動ピアノと四分音ピアノの共演によりリアライズされる。

     ここでも前述どおり、MusicGenに「通常調律の自動ピアノと、全ての鍵盤が1/4音ずつ低く調律された通称・四分音ピアノの2台のピアノのために作曲されたピアノ曲の、自動ピアノのパート譜」などとのプロントを与えてもまったく意味をなさない。あるいはMusicGenでは参照とするサウンドファイルを読み込ませることもできるのだが、「参照ファイルを第1声部とした際の、対位法による第2声部」などとの指示もまったく意味がない。そもそもMusicGenの学習先に、自動ピアノのために作曲された楽曲や、四分音曲は、含まれていなさそうである。つまり生成AIの大規模学習先は既存の人間美学的なサンプルばかりであることが予想され、ここからストレートに未知の機械美学が立ち現れるとは考えにくい。

     とはいえ今回の作曲における、記譜を介さず得られたサウンド、あるいは統計的手法で得られたサウンドからの逆向きの記譜行為は、ジャチント・シェルシやヤニス・クセナキスの作曲技法をほうふつとさせるものだったのかもしれない。そこに四分音を絡めることにより、作曲を完遂した。




    ■第46回AI美芸研シンポジウム
    「AI芸術の先駆と拡張」

    自動ピアノのために作曲したコンロン・ナンカロウを「AI芸術の先駆者」と位置づけ、チャールズ・アイヴズらが追求した四分音の音楽を「人間美学の拡張」と位置づける。これらと、大規模学習による最近の生成AIの達成を合わせて「AI芸術の拡張」を論ずる。

    出演:柿沼敏江(音楽学者、京都市立芸術大学名誉教授)
       中ザワヒデキ(美術家、特定非営利活動法人AI愛護団体、人工知能美学芸術研究会)
       草刈ミカ(美術家、特定非営利活動法人AI愛護団体、人工知能美学芸術研究会)

     人工知能美学芸術研究会は、2016年5月の発足以降、「AI美芸研」と称する公開の研究会を2023年8月までに計45回開催してきた。毎回3時間以上、後半は全体討論で盛り上がり、尽きぬ議論を懇親会に持ち越すというスタイルだったが、コロナ禍以降変則的となっている。今回は、コンサートの第1部と第2部の幕間に「第46回AI美芸研シンポジウム」と称して開催する。ゲストとして、アメリカ実験音楽を専門とする柿沼敏江をお招きする。1986年にナンカロウ氏にインタビューを行い、昨2022年にはヤニス・クセナキスの三分音と四分音について音楽学会で発表されている。

     今年(2023年)の春先にはChatGPTや生成AIのブレイクがあり、人工知能美学芸術研究会・AI愛護団体の周囲も慌ただしくなっている。そんな中で「AI芸術の先駆」にも「拡張」にも目配せする本企画を、「人工知能温故知新」と自称することに吝かではないが、もともと人工知能美学芸術研究会・AI愛護団体が掲げている目標は生成AIよりもさらに先、AIに自意識や美意識が芽生え、AIが自前の美学や芸術を行うようになってしまったとしたらどうなるか、という問いであり、またその希求でもある。限られた時間で はあるが、自動ピアノに憑依され音楽史を書き換えたと主催者が考えるナンカロウとAIという、本人が知る由もない組み合わせについて、話し始めたい。




    ■人工知能美学芸術展覧会

    ●《プロンプト》連作 2023(新作)
    AI愛護団体+Midjourney

     AI愛護団体は、本企画の主催者である。2022年7月に発表された画像生成AI「Midjourney」に作画させた作品群を《プロンプト》連作とし、AI愛護の立場から作者名を「AI愛護団体+Midjourney」とした。Midjourneyは先述したように、MusicGenと同様、プロンプト(呪文)を入れれば何かしらを出力する大規模学習タイプのAIである。そして先述どおりこの種のAIは、言葉の定義や実体を、体系的な知識としては理解していなさそうである。

     このことについては2022年12月25日に開催された人工知能美学芸術展「指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」の枠内で行われた第43回AI美芸研シンポジウムで、登壇者の大屋雄裕が指摘した。その時も、AI愛護団体+Midjourneyを作者名とするプロンプト作品を会場ホワイエに展示していたが、それについて、「オケ団員の顔のように見えるところも、顔として描かれていない。ピアノのように見えるところも、あるべきはずの鍵盤がなかったりする。つまりそれが顔だとか、それがピアノだとか、ピアノには鍵盤があるとか、そういう知識を今のAIは持っていない」といった趣旨の発言をされていたのである。

     これを反主知主義と呼んで、むしろ肯定的に捉えることもできるだろう。印象派のクロード・モネは「盲目で生まれてある日突然見えるようになったら、どんなに素晴らしかったろう。物が何であるかを知らずに、光だけを追えるのだから」*1 と言って、知識はむしろ邪魔であることを示唆した。日本のもの派の関根伸夫も、「概念性や名詞性のホコリをはらってものを見る」*2 と発言している。現象学におけるエポケーの手法だが、こうした主知主義から反主知主義、あるいは感覚主義へという流れは、17世紀末のフランスにおける新旧論争や色彩論争が、その後も繰り返されていることを示唆する。ここ十数年の人工知能開発史においてもそれは当てはまり、かつての主知主義的な演繹型AI(シンボリズム)とは比べものにならないくらい、現今の感覚主義的な統計型AI(コネクショニズム)は成果を上げており、その最先端がこうした生成AIなのである。
    *1 中ザワヒデキ『西洋画人列伝』NTT出版、2001年。177頁。
    *2 中ザワヒデキ『現代美術史日本篇1945-2014』アートダイバー、2014年。57頁。

     AI生成画像の展示は、写真展に似る。どちらも画家が絵筆で描いたものではないが、シャッターを押しただけの写真でも鑑賞に値するならば、プロンプトを入れただけの生成画像でも鑑賞に値しないとは言えない。



    ●《NPO法人AI愛護団体設立1周年記念:安全(鈴虫)》 2023(新作)
      《NPO法人AI愛護団体設立趣旨書》 2021
      《NPO法人AI愛護団体定款》 2021
      《人工知能美学芸術交響曲》楽譜 2022
      《2台のピアノのための四分音ハノン》楽譜 2022
    人工知能美学芸術研究会

     人工知能美学芸術研究会は、本企画の共催者である。2021年12月4日から19日まで、長野県のアンフォルメル中川村美術館ほかで開催した「人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム」の枠内で「NPO法人AI愛護団体設立総会」を開催し、《NPO法人AI愛護団体設立趣旨書》《NPO法人AI愛護団体定款》《NPO法人AI愛護団体設立記念:安全(ヤギ)》を同展に出展した。その後、東京都に認証され、2022年4月7日、NPO法人AI愛護団体(特定非営利活動法人AI愛護団体)が設立された。主催者が知る限り、AI愛護を掲げる世界初の法人となった。

     新作の《NPO法人AI愛護団体設立1周年記念:安全(鈴虫)》は、AIを愛護するとはどういうことなのかについての一考察である。われわれ人間は、動物を排除したり警戒したりする。それは、意識を持つ「他者」である動物が、何をしでかすか分からないからだ。だが、たとえば囲いの中に動物を入れ、人間側の「安全」が確保されれば、ようやく人間は動物を愛護対象とすることができる。すなわち動物愛護の概念は、人間側の勝手な「安全」と表裏一体だ。これはやがて、意識を持ち「他者」となり得るAIについても当てはまるはずで、AI愛護はAI制御にほかならない。鈴虫を入れているケースが愛護の条件なのだ。

     人工知能美学芸術研究会の《人工知能美学芸術交響曲》と《2台のピアノのための四分音ハノン》は、2022年12月25日、東京のパルテノン多摩大ホールで開催された人工知能美学芸術展「演奏家に指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」にて初演された。後者は先述のとおり、本企画でも再演する。本展では楽譜を展示する。



    ●《パンチマニフェスト》
    ヴォルフガング・ハイジック

     ヴォルフガング・ハイジック(1952- )はドイツの作曲家。MIDIデータを用いつつ自動ピアノのロール製作(パンチング)も行う。《パンチマニフェスト》はPianola、Phonola、またはAmpicoの自動ピアノのために作曲する作曲家に向けて書かれたもので、必要と考えられる主観的基準と、守らなければならない客観的基準が宣されたものである。



    ●《自動ピアノのための習作》ロール
    コンロン・ナンカロウ

    ●《2台のピアノのための3つの四分音曲》楽譜
    チャールズ・アイヴズ

     展覧会では、コンロン・ナンカロウの《自動ピアノのための習作》のロールを一部広げた状態で展示し、パンチ穴が見えるようにする。また、今から1世紀ほど前に四分音の作曲をいち早く手掛けていたチャールズ・アイヴズ(1874-1954)の、《2台のピアノのための3つの四分音曲》の楽譜も展示する。この曲は2022年12月25日に開催された人工知能美学芸術展「指が10本しかないのは作曲家の責任なのか」でも演奏された。

    ※曲目、出品作、出演者は予告なく変更する可能性がございます。




    出演者


    大瀧拓哉(ピアニスト)

    2016年、オルレアン国際ピアノコンクールで優勝。フランス、ドイツを中心に、ヨーロッパ各地でリサイタル、現代音楽アンサンブルなど多くのコンサートを行う。協奏曲のソリストとしても、オルレアンシンフォニーオーケストラとのバルトーク第3番、パリ音楽院ロレアオーケストラとのリゲティのピアノ協奏曲、他。現在東京を拠点にソロ、室内楽、協奏曲のソリスト、現代音楽のアンサンブルや初演など、多岐にわたる活動を行う。愛知県立芸術大学非常勤講師。公式サイト



    柿沼敏江(音楽学者、京都市立芸術大学名誉教授)

    専門はアメリカ実験音楽、20-21世紀音楽。1986年にナンカロウ氏にインタビュー。著書に『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』(フィルムアート、2005年)、『〈無調〉の誕生』(音楽之友社、2020年、第30回吉田秀和賞受賞)。訳書にジョン・ケージ『サイレンス』(水声社、1996年)、アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』(みすず書房、2010年、ミュージック・ペン・クラブ賞受賞)など。




    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)
    特定非営利活動法人AI愛護団体
    中ザワヒデキ
    草刈ミカ

    人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、人工知能と美学・芸術に関する領域横断的なテーマ を追究する研究会であり、その成果を作品として発表するアーティスト・グループでもある。美術家の中ザワヒデキ(1963- )と草刈ミカ(1976- )を中心に、総勢29名の発起人が集い、「人工知能美学芸術宣言」をもって2016年5月に発足した。中ザワヒデキは「方法主義宣言」(2000年)を発表するなど、日本におけるコンセプチュアル・アートのなかで特異な位置を示す。草刈ミカは「凹凸絵画」(2002年- ) といった作品シリーズを展開する美術家である。特定非営利活動法人AI愛護団体は、動物愛護団体ならぬAI愛護団体を、いち早く設立すること自体をAI美芸研の作品と称するもので、実際に東京都に認定され2022年4月、世界初(主催者調べ)のAI愛護を掲げる法人として登記された。現段階では人間がAIを愛護する側だが、ゆくゆくはAIが人間を愛護する側となり立場が逆転する未来を想定し、その時に本法人は役目を終えたとして解散することが設立趣旨文中に盛り込まれている。




    リンク・更新

    リンク:

  • Peatix [チケット販売]aibigeiten2023.peatix.com/ (→QRコード)
  • PR TIMES [プレスリリース・写真多数!]https://newsrelea.se/BqD5zO
  • Facebook [SNS]www.facebook.com/events/832907284857031/
  • AI愛護団体 [主催]www.ai-aigodantai.org/
  • メールでの告知 [2023年8月22日配信]https://mailchi.mp/20b19acbe7b2/ai92?e=0b861e8b29
  • たいとう文化発信 www.culture.city.taito.lg.jp/ja/events/00001c000000000000020000005413cf
  • 令和5年度台東区芸術文化支援制度 [助成]www.city.taito.lg.jp/bunka_kanko/bunkasien/shienikusei/shienseido/taisyoukikaku/r5kikaku/aibigeiten.html
  • 記録頁 https://www.aibigeiken.com/exhibition2023/record.html


  • 更新:

  • 2023-12-02 英語頁作成。
  • 2023-09-29 記録頁作成。
  • 2023-08-28 リンク追加。ロゴ追加(たいとう文化発信)。
  • 2023-08-25 解説更新。
  • 2023-08-24 解説追加。
  • 2023-08-22 メール告知配信。
  • 2023-08-19 リンク追加。
  • 2023-08-16 出演者情報追加。
  • 2023-08-15 協力追加。
  • 2023-08-11 ポスター画像をチラシ(表&裏)に変更。
  • 2023-08-08 更新。
  • 2023-08-07 本頁作成。